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コーヒー豆の記念碑『津軽藩兵詰合記念碑』

コーヒー豆の記念碑-津軽藩兵詰合記念碑 宗谷岬の宗谷公園内

建立

平成4年(1992年)9月
弘前市の有志により宗谷岬の宗谷公園内に建立

毎年、9月の第一日曜日に慰霊祭が行われる。

碑文

この碑は、文化4年(1807)幕名による蝦夷地越冬警備のさい、厳冬下で次々と浮腫病に倒れていった数多くの津軽藩兵を悼むとともに、その後、安政2年(1855)再び蝦夷地警備に赴いた藩兵達には、浮腫病の薬用として「和蘭コーヒー豆」が配給されていた事実を記念するためのものである。

珈琲を飲めずに逝った人々と、薬として大事に飲んだであろう先人達の辛酸を、歴史の一齣として忘却するには忍びがたいしその体験は日本の珈琲文化の嚆矢としても貴重である。

茲にその偉業と苦難の歴史を後世に伝承すべく、ゆかりの地・宗谷に珈琲豆を象った記念の碑を建立することとした。

1992年9月16日

日本では江戸時代から長崎を通して貿易品として輸入されていたが、嗜好品と言うよりも薬としての効果を期待されたもので、水腫に効果があるとされていた。これはコーヒーに含まれるビタミンの効用と考えられる。1807年の樺太出兵では野菜が摂取できないことによる兵の水腫病が問題になり、幕府から貴重なコーヒー豆が支給されたと言う。

1855年頃、やはり寒さなどで殉難が多かった弘前藩士の為に幕府が薬用として予防薬として和蘭コーヒー豆が配られたという記録が残っている。

当時、コーヒーは一般に出回っておらず、庶民ではこの頃口にしたのが初めてはないかと言われている。

参考

稚内珈琲物語(稚内観光情報)
http://www.city.wakkanai.hokkaido.jp/kanko/gaiyo_rekishi/coffee.html
Wikipedia「コーヒー」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%92%E3%83%BC

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